西アフリカ・マリの露店に見た、料理の秘訣

アミの料理に惚れ込んだ私は、仕込みの様子を見せてもらえないかと頼み込み、彼女の調理場を訪ねさせてもらった。

鮮度と質が命の魚は、アミの目にかなったものだけを仕入れている。いい魚が上がらなかった日には、魚を出さないこともあるとのこと。鶏は活きたまま仕入れ、自分で絞めて捌く。羽をむしった後、足元からとさかにいたるまで、丁寧に小太刀で細かな毛を取り除いていく。少しでも毛が残っていると、口当たりに響くからだ。すべての料理にかけられるソースの元となる鶏の煮込みには、日本ではモミジと呼ばれる足から頭まで、すべて余すことなく投入していた。どうりで、強いダシが出ていたはずだ。

野菜や穀物の下準備にも、とにかく手間をかける。多い日には30kg以上もの量を仕入れるジャガイモは、芽も皮も1ミリも残さずに取り除き、必ず事前にたっぷりの水につけておく。こうすることで、ある程度のでんぷん質が水に抜け、フライドポテトの食感が良くなる。火を通す前のクスクスには多くの砂が含まれているため、まるで砂金を取り出すように、2時間ほどかけながらクスクスを洗っていた。
手間暇を惜しまない仕込みを知ることで、また改めて、私はアミの料理の美味しさに納得することとなった。

ひと通りの下ごしらえを終えたところで、アミは、自宅の中庭を見せたいと、私を中に招き入れた。がらんとした中庭を見せながら、ここで鶏を絞めているのだと説明してくれるが、すべての仕事を終えたあとの中庭には、なにもない。この中庭を見せてくれたアミの真意を図りかねている私に、アミは説明を続けた。

「鶏を絞めたあとは、内臓や血で床が汚れるでしょ。清潔にしておかないと、汚れた食材が原因でお客さんが病気になってしまう。だから、毎日、しっかり掃除をしているってことを、あなたに伝えたかったの」

中庭の床面は、毎日磨き込まれたため、ホテルの大理石の床のように滑らかになっていた。生臭さは全く残っておらず、石鹸のあとすら残っていない。長時間をかけてクスクスから砂を取り除くのも、そのまま調理してしまうとお客が腹を壊してしまうからだと話していた。味わいだけでなく、衛生管理にも実に気を配っていることを知り、私はますますアミの料理が好きになった。

また、落花生とクスクスを合わせて蒸したジュガ(落花生とクスクスの蒸し物)の作り方を説明をする際に、アミはこんな話もしてくれた。

「ジュガは、怒っているときには上手にできないものなの。心穏やかにしていれば、おいしくできるのよ」

怒っていてはおいしくならないのは、ジュガだけではないのだろう。口にする人たちのことを想い、母から受け継いだ味を誇りに想うアミの心持ちが、いつも穏やかであるがゆえ、アミの料理はいつもおいしく、多くの人を惹きつけ続けているのにちがいない。

この原稿を書きながら、アミの店とモプチの人々に想いを馳せていた矢先、私の自宅の電話が鳴った。液晶表示部には、マリの国番号が示されている。

――8月7日、モプチからたった12kmしか離れていない街セバレで、国連及びマリ軍関係者が武装集団に襲撃され、9人が犠牲となった。その翌日、モプチに住む友人が、現地の様子を私に伝えようと電話をしてくれたのだった。友人の話から、モプチの街もマリ全体を見渡してもまだ、マリ北部紛争の混乱から抜け出せずにいることが伝わってきて、心がざわつく。

そんななか、アミは変わらず、元気に露店を営み続けているとのことだ。混乱が続いているとはいえ、アミの味が続いているのなら、モプチはきっと、穏やかな状態をぎりぎり維持できているのだろう。私はそう思いながら、受話器を置いた。

※マリ北部における紛争

2012年よりマリ北部を中心に続く武力闘争。マリ北部の自治拡大・分離独立を求める現地勢力に加え、リビアのカダフィ政権崩壊に伴い武器とともに流入した外国人勢力や、AQIM(イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ)と共闘する勢力など、複数の出自の異なる勢力がマリ政府に対し攻撃を続け、一時は同国北部の3都市(キダル・トンブクトゥ・ガオ)が反政府勢力によって占領された。その後、フランス軍やチャド軍の介入により北部は奪還され、MINUSMA(国連マリ多面的統合安定化ミッション)の常駐により、一程度の平穏は得られているものの、散発的な攻撃やテロは治っておらず、予断を許さない状況にある。

 

(初出:岩崎有一「西アフリカ・マリの露店に見た、料理の秘訣」アサヒカメラ.net 朝日新聞出版/公開年月日は本稿最上部に記載/筆者本人にて加筆修正して本サイトに転載)