南アフリカのワインランドを訪ねて

冬の澄んだ青空を見上げると、南アフリカを思い出す。キリッと冷えた空気に包まれながら、南アフリカで訪ねたその土地その土地の風景が、自然と頭に浮かんでくる。

南アフリカ共和国は、多くの人が抱くであろうアフリカのイメージを、ことごとく裏切ってくれる国だ。灼熱(しゃくねつ)の太陽が照りつける……ということもなく、最高気温が30度を超えることも、まずない。季節にもよるが、夜間は気温が1桁まで下がることもある。空港に降り立つと、多くのアフリカ諸国では客待ちのタクシードライバーが群がってくるが、南アフリカでは声すらかけられない。自ら声をかけたタクシーに乗り込み、車窓から外に目を向けると、西欧を思わせる街並みがどこまでも続く。宿で荷を降ろしてスーパーマーケットを訪ねれば、日本と比べても遜色のない品々がどの街でもそろう。

そんな中で、日本のスーパーマーケットよりも圧倒的に品ぞろえが豊富だと感じたのが、ワインだ。数リットル入りの紙パックから高価なものまでさまざま取りそろえられている。アフリカに関心のない人でも、“南アフリカワイン”という名称に聞き覚えがあるのではないだろうか。

南アフリカにおけるワイン造りの歴史は、16世紀中頃にまでさかのぼる。当時入植したオランダ人がぶどうを植え、南アフリカでは初めてとなるワインを造った。その後、17世紀に宗教的迫害を受けて南アフリカの地に逃れきたフランスのプロテスタントであるユグノー派の人々が、本格的にワイン造りを始める。その後イギリスの植民地となった南アフリカで造られるワインはイギリス本国でも知られるようになり、輸出用を含め盛んに製造されるようになった。20世紀に入り、南アフリカはワインの生産技術と品質の向上を図り続けた一方、アパルトヘイト(人種隔離政策)に反対する世界各国は経済制裁の一環として南アフリカワインの輸入を制限してきたが、1991年に同法は撤廃。以来、南アフリカのワインは再び世界へ向けて輸出されるようになり、カリフォルニアワインやチリワインなどと並ぶ新世界ワインのひとつとして、その名は広く知られるものとなった。

南アフリカ全土でワインが造られているわけではなく、その多くは南西部の西ケープ州に集まっている。特に、多くのワイナリーが集中する地域では、“ワインランド”の名称がつけられるほどに、ワイン造りが盛んだ。ワインランドのパールやステレンボッシュといった都市の郊外で車を走らせていると、幾度もぶどう畑を目にする。冷涼な気候と雄大な風景の中に広がるぶどう畑は、南アフリカを特徴づける代表的な風景の一つだ。

これだけの美しい景観とおいしいワインがそろっていれば、泊まりたいと思う人が多いことにもうなずける。ワインランドのぶどう畑周辺には、いくつもの宿泊施設が点在しており、予約を取りにくいほどに人気の宿も少なくない。

2009年に南アフリカで取材を終えた私は、初めて南アフリカを訪ねる友人とともに、ワインランドのフランシュックという町のホテルに宿をとった。テラスの窓を開けるとすぐにぶどう畑が広がり、その遠景に山並みをいただく風景は、実に見事だ。室内は、そのまま雑誌の撮影を始められそうなほどに、美しく整っている。ロウソクに火がともされた雰囲気たっぷりのレストランで供される食事は、地元の鶏と野菜を使った、その土地の味わいにあふれるものだった。言わずもがな、ワインの味も格別だ。惜しむらくは、向かいの席に座っているのが、旧知の男友達だったこと。南アフリカワインとともに、愛情ではなく、友情を深めた。

ここで供されたワインも食事も、入植者によって西欧から持ち込まれた食文化ではある。古の時代から独自に育まれたアフリカの味ではないものの、これらもまた、現代アフリカの味の一つだと言えよう。この素晴らしい味のひとつひとつには、頭が垂れる。

そろそろ、クリスマスシーズン。日本でもワインを口にする機会がぐんと増える時期だろう。 南アフリカのワインランドを想像しながら、南アフリカワインを傾けるクリスマスも、よろしいかと。

 

(初出:岩崎有一「南アフリカのワインランドを訪ねて」アサヒカメラ.net 朝日新聞出版/公開年月日は本稿最上部に記載/筆者本人にて加筆修正して本サイトに転載)