マリの結婚式で感じた新郎の心意気

マリの街中を歩いていると、車やバイクがクラクションを鳴らし続けるのを耳にすることがある。そこをどいてくれという意味にしてはあまりに長く、数が多過ぎる。クラクションが聞こえてきた方向に目をやると、着飾った男女がまたがるバイクと、花かざりが施された自動車が、数珠つなぎになって走行している。乗車しているのは、結婚式の新郎新婦とその参列者たち。彼らのにこやかな表情を見ていると、はた目にもうれしさが伝わってくる。

今回の滞在中に、マリ中部の街モプチを取材した私は、結婚式に参加する機会に恵まれた。新郎は、モプチ中心部に構える酒場「シギ」の経営者。シギはモプチの住人なら誰もが知る酒場であり、よってこの新郎も、モプチで広く知られた人物だ。新郎の名はティテ・ギンドゥ、新婦の名はマリアム・ギンドゥ。新郎新婦ともドゴンの民で、ともにキリスト教徒だ。「ギンドゥ」はドゴン族に多い姓で、彼らの姓が同じなのは偶然に過ぎない。

結婚のセレモニーは、新郎新婦が役所に婚姻届を提出する場面から始まる。ニジェール川のほとりにあるモプチ市役所を、10時をまわったころに訪ねると、役所内の一室で、新郎新婦が結婚を誓い、結婚届に署名をしている真っ最中だった。役所の中庭には、鮮やかな色合いの服をまとった女性や、洗いたてのシャツを着た男性など、届け出が終わるのを待つ列席者がそれぞれに再会を喜び、声を掛け合っている。その数は100人をくだらない。

署名を終えた新郎新婦、ティテとマリアムが役所から出てくるのと同時に、列席者が動く。新郎新婦のもとに集まるのではない。それぞれがバイクにまたがり、教会へと一斉に移動するのだ。街中で見かけた結婚式の光景と同じものが、目の前で繰り広げられる。

少なめにみても40台はある小型バイクと、新郎新婦とその家族を乗せた自動車3台が、役所から教会へ向けてクラクションを鳴らしながら進む。事情を知らない日本人が見れば、老若男女が集まって暴走行為をしているとしか思えない車列だが、モプチの人々はこの光景を嫌がるどころか、みなニコニコと遠巻きに見ていた。

5分ほどかけて到着した教会には、車列を成す人々の2倍ほどの列席者がすでに集まっていた。教会内だけではスペースが足りず、プラスチックの椅子を並べた仮設会場まで設けられていたが、それでもすし詰めの状態。新郎新婦が席に着くと、まもなくして式が始まった。

まず、牧師のかけ声を合図に、聖歌を4曲、列席者全員で踊りながら歌う。明るい旋律のなかにどこか切なさを感じるものの、「おごそかに」「うやうやしく」といった雰囲気はなく、歓喜あふれる気持ちが伝わってくる聖歌だ。しかも、その声の主は300を超え、圧倒的な力強さが印象に残る。

次に、牧師や親族代表をはじめとする関係者の祝辞が続く。登壇者はマリにおける公用語のフランス語で話し、すぐ隣に立つ男性が逐次、ドゴンの言葉に翻訳するという運びだ。新郎と新婦の幸せを願い、この結婚に至ったことを感謝し、そしてマリの平和を願うといったオーソドックスなあいさつだが、話をすべて翻訳しながら進めるため、なかなか時間がかかる。祝辞は1時間以上続いたが、子どもも大人も、飽きてしまったような様子はなく、みな真剣に祝辞に耳を傾けていた。

そして、牧師の前で新郎新婦が結婚の誓いを立て、指輪を交換。その後、ティテがマリアムのベールをあげ、新婦の顔が初めて列席者に披露された。再び聖歌を歌いながら、ひとりひとりが、新郎新婦に声をかけ、抱擁し、会場を後にしていく。私も、列席させてくれたことに感謝しながら、マリアムに声をかけ、ティテの手を握った。

ティテの店、シギは教会のすぐ隣にある。教会を出た列席者は、披露宴会場となるシギに場所を移し、振る舞われる酒や食事を、思い思いに楽しんでいた。日本のように、お祝いを包まなければならないというしきたりはなく、かかる費用はすべてティテが負担する。ここぞとばかりにビールを空け続ける輩もいないことはないが、無秩序にはなっていない。私も輪に入り、ビールを飲みながら、振る舞われた炊き込みご飯をほおばった。街中の食堂と比べ、振る舞われたご飯は質素ではあるが、喜ばしいにぎわいとともにほおばる食事は、実際の味以上においしく感じられる。列席者とともに傾けるビールも、格別だった。

ティテとマリアムの結婚式に参加しながら、モプチの人々の寛容さを思う。

マリは多くの民族を内包した国だ。ドゴンのほかに、バンバラ、ソンガイ、フラニ、ボゾ、トゥアレグ、プルなど、風習や生活様式の異なる23を超える民族が共存している。異民族間の結婚を認めない習わしも一部には残っていると聞く。結婚式には同族だけが集まるのだろうと思っていたが、私のまわりに座る人々だけでも、さまざまに異なる出自を持つ人々が同席していた。異民族であることを互いに気遣うようなことはない。

マリにおけるキリスト教徒とイスラム教徒の割合は諸説あるが、私の体感では、だいたい半々ぐらいといったところ。披露宴に参加することはあっても、イスラム教徒がキリスト教会の式に列席することはないのだろうと思いきや、大間違いだった。「いずれの神を信じていようとも、友人は友人、兄弟は兄弟」だと、列席者が教えてくれた。確かに、確かに、普段はメッカに向けて祈りをささげている面々が、教会内のあちこちに見られた。

紹介状が事前に配られることはなく、会場の受け付けもない。式も披露宴も、広く開かれたものだ。教会や披露宴会場の物理的な許容人数に限界があるため、実際のところは新郎新婦を知る人々が集まることとなっていたが、全くゆかりのない部外者が紛れ込むことも可能だろう。

実は私は、この日までティテともマリアムとも全く面識がなかった。モプチを拠点に取材を続けている私の意をくんだ現地の友人が、彼らの結婚式が開かれることを知らせてくれたがゆえ、私は彼らの結婚を知り、式に同席するに至ったのだ。

周りをどれだけ見渡しても、白人もアジア人もいない。肌の色も立ち居振る舞いも明らかに異なる私は、どう見ても極めて異質な存在だ。そんな私を、ティテとマリアムだけでなく、その場の誰もがあたりまえのように受け入れてくれた。現地に暮らす人々と比べれば、私の知り合いは圧倒的に少ないものの、よそ者であることの気まずさや疎外感を抱かせられることはなかった。

新郎新婦にも列席者にも華々しさを感じる結婚式だったが、実際にマリの置かれている状況は厳しい。ティテの店も例外ではない。

シギは、モプチの中心部に構える実に居心地のいいバーだ。中庭のオープンテラス席に座れば、目の前を流れるニジェール川からの風を頬に受けながらビールを傾けることができる。「かつては、日中でも予約をしなければ椅子一つなかったほど、観光客であふれていたんだよ」と、ティテの弟は話していた。来訪者は欧州からだけではない。遠く日本からも多くの客が訪れていた。店の看板に各国語で書かれた「ようこそ」の文字の中には、ひらがなも見られた。

しかし現在、シギのテラスに人影はない。2012年に始まった反政府勢力の南進に伴い、観光客は完全に消えた。ソファの布は破け、椅子の背は壊れたまま。店内を照らす蛍光灯が切れても、取り換えられていない。最盛期と比べれば、売上額は二桁以上違うだろう。

地元客も激減した。観光客の消滅に伴い、モプチに暮らす人々の経済状況も著しく悪化。ビールやたばこなどの嗜好(しこう)品は控えざるを得ない。夜に訪れてみても、静かにビールを飲む客が数名見られる程度だ。

厳しい状況のもと、盛大な結婚式を開いた彼の財力と心意気は並々ならぬものだと感じたが、これほど多くの人々が集まったのは、ただ酒やただ飯が振る舞われることだけが理由ではない。

反政府勢力がモプチまであと数キロメートルに迫った時期、モプチでは銀行の業務が完全に停止した。銀行口座から預金を引き出すことのできなくなった人々は、親戚や親しい友人との間で当面の金のやりくりをしていたが、やがてそれも限界に達する。現金主義で商売をしていたティテのもとに、ひとり、またひとりと、金を借りるために訪れる人が続くようになった。彼は誰ひとり門前払いすることなく、「銀行が再開して、金を返せる状況になったときでいい」と、何の抵当も取らず、利子もつけずに金を渡し続けた。

「困ったときには助け合うのがアフリカでのやりかただとはいえ、あの時のティテの振る舞いは、簡単なことではない。彼には心から感謝している」当時、彼に当座の金を借りた男性は、言葉をかみしめるように、そう話していた。

ただ酒が飲めるだけの理由で人が集まっていたのならば、パーティー会場はずっと混沌(こんとん)とした雰囲気になっていただろう。ただ飯に群がる人々ばかりが集まるパーティーならば、ティテも来場者を選んでいただろう。互いを敬い、互いを思う信頼感があるがゆえ、ティテの結婚式は、盛大かつ寛容なものとなり得ていたように、私には感じられた。

モプチを発(た)つ前日、私はシギを訪ねた。600CFAフラン(約120円)のビールを飲み干し、1000CFAフラン紙幣を渡したが、店では小銭の釣り銭を切らしていた。ちょうど私も、小銭の持ち合わせがない。そこへ偶然やってきたティテは、「次に会ったときに払ってくれればいいよ」と、渡した1000CFAフラン紙幣を私に戻した。次にいつ会えるのか約束はできないことを告げると、彼はこう話した。

「いずれまた、あなたはモプチに来る。私もあなたも、お互いのことを忘れない。だから、次でいい」

ティテとマリアム、おしあわせに。ビール代、必ず払いに行きます。

 

(初出:岩崎有一「マリの結婚式で感じた新郎の心意気」アサヒカメラ.net 朝日新聞出版/公開年月日は本稿最上部に記載/筆者本人にて加筆修正して本サイトに転載)