なぜ南アフリカがアフリカ最大の観光見本市を開催するのか?/前編

6年ぶりに、南アフリカ共和国(以下南ア)に降り立った。南アフリカ観光局により編成された視察団の一員として、5月7日から9日にかけて南アの港湾都市ダーバンで開催された、アフリカ最大の観光見本市INDABA(インダバ)2016を訪れるためだ。

今年で33回を数えるアフリカ各地の観光資源の紹介と観光客の誘致を求める最大級のイベントだけに、今回は18の国と地域から1047もの観光関連事業者や代表が出展。商談のために現地を訪ねた事業者の数は1856社にも上った。さらに、アフリカ国内だけでなく、ヨーロッパやアジアからも多くのメディア関係者が会場を訪れていた。

「観光客が落とす金は、援助として送られる金のように多くの人の手を介するうちに先細ることなく、それぞれの地域を直接潤す。そしてその金は、さまざまな経済行為とともに、血液のように、その地域の隅々まで巡っていく。観光業は、マリにとって極めて本質的に大切なものなんだ。しかし、それが今、完全に止まってしまった。血が流れていない。生きることが、とても、難しい」

今年の2月にマリを訪れた際、モプチに暮らす友人のハミドゥがこう話していたことを思い出す。私はこの言葉を忘れられずにいた。

マリをはじめ、陰りが感じられる西アフリカの観光業を復興させるためのヒントが、ここINDABAで見つけられないかと、私は少し期待していた。陰りがあってもなくても、魅力あふれるアフリカの観光資源が一堂に会することで、それぞれに相乗効果を得ている様を目の当たりにすることも、私は楽しみにしていた。

 

INDABA開催初日は、各国メディアに向けた要人によるスピーチから始まった。

INDABAの開催地ダーバンを抱える南アフリカ・クワズールナタール州の経済発展・観光・環境担当執行理事マイケル・マブヤクル氏と、南ア観光大臣のデレック・ハネコム氏は、南アにおける観光業の明るい未来と可能性について高らかに語った。

南アフリカ共和国観光大臣のデレク・ハネコム氏。ハネコム氏のトークには、人を引きこむ魅力がある。この夜、INDABA関係者向けのカクテルパーティーが開かれた。壇上で同氏は、「大いに楽しもう。ただし、全裸にはならないで。最低限のドレスコードは守ってください」と話し、会場を沸かせていた。(ダーバンICC・南アフリカ 2016年/Durban ICC,South Africa 2016)

続いてCNNの番組でアンカーを務めるジャーナリストのリチャード・クエスト氏を迎え行われた、ハネコム氏ら南ア観光業の要人のトークセッションでは、会場を埋めるジャーナリストと出展者から厳しめの質問が相次いだ。

「(アフリカの)観光業を大きくする責任は、誰が持つのか?(南アは、それをリードする覚悟があるのか?)」

「共通の目標に向かって、(言葉も文化も違うアフリカの国同士が)どうやって前に進むことができるのか?」

「(南アに)保護貿易主義をとろうとの思惑はないのか?」

そして程なく、Pan Africanism(パン・アフリカ主義)という言葉が、トークセッションが繰り広げられる会場のどこからともなく出始めた。パン・アフリカ主義とは、アフリカに出自を持つ人々全体で連帯することを旨とする考えかたのことだ。

ハネコム氏、マイケル氏ともスピーチの中で、南アの観光業の魅力とその重要性、経済効果をうたう一方で、「この大陸」「アフリカの魂」「純粋なアフリカ人」「分かち合う」といった荘厳な言葉を散りばめていた。私は彼らのスピーチを聞きながら、“We”が南アを指すのかアフリカ全体を指すのかがわからなくなることが、何度もあった。

この会場でパン・アフリカ主義についての議論を深めるのは少々無理があることに同情しつつも、INDABAのホスト国として、観光業の側面から、南アがアフリカ全体をいかに束ねるつもりなのかを問う質問が相次いだことには、私も共感を覚える。結局この日に、ハネコム氏ら登壇者から、パン・アフリカ主義の実現について具体的な実現策や構想が語られることはなかった。

 

では実際のところ、会場はどのような雰囲気に包まれていたのだろうか。

正直、開催初日に会場内を一巡した時点では、拍子抜けした感が否めなかった。出展ブースのほとんどは、南アからの出展。ジンバブエ、ナミビアなど南ア以外のブースもあるが、数は少なく、南部アフリカの国々にほぼ限られている。フランス語圏アフリカからの出展にいたっては、私が見つけられたのはコンゴ民主共和国のみ。アフリカを大陸ベースで標榜するには、偏りが大きい。

今回の視察団に同行していた南アフリカ観光局トレードリレーションシップ・マネージャーの近藤由佳氏に、なぜ南アからの出展が多いのか、南部アフリカの国々に偏っているのかをたずねた。近藤氏は、率直に、ありのままを語ってくれた。

INDABAでアフリカ全土に対象を広げ始めたのは、ここ2、3年のこと(厳密には、南ア以外からの出展は一部続いていたが、INDABAとしてアフリカ全域を積極的に視野に入れるようになったのがここ2、3年なのだという)で、そもそもINDABAは、南アの観光業に特化した見本市としてスタートしたものだった。

会場の外には、キャンプカーやサファリ用車両など、アフリカ観光に特化した大型設備の展示が並ぶ。(ダーバンICC・南アフリカ 2016年/Durban ICC,South Africa 2016)

自国と比べれば富とチャンスにあふれているように見える南アに、アフリカ各国から職を求めて多くの人が流れ続けた結果、南アだけでは不法移民を抱えきれなくなった。南ア国籍を有する人々と同じ待遇の行政サービスを、出稼ぎに来た人々に等しく与えることには限界がある。出稼ぎに来る人々を水際で拒むのではなく、「あなたたちの国も(あなたたちの国の中で)がんばりましょうよ」との方針を策定した結果、INDABA出展対象国を南アからアフリカ全域へ拡大するにいたったのだという。南部アフリカの国々からの出展が多いのは、南アがSADC(南部アフリカ開発共同体)の加盟国であり、SADC加盟国とのつながりが深いからだ。

 

では、「共倒れにならない」がために広く門を開き始めたこのINDABAにがっかりしたかといえば、全くそんなことはない。むしろ、その逆だ。

後編につづく

 

(初出:岩崎有一「なぜ南アフリカがアフリカ最大の観光見本市を開催するのか?/前編」アサヒカメラ.net 朝日新聞出版/公開年月日は本稿最上部に記載/筆者本人にて加筆修正して本サイトに転載)