南アフリカの超高級ホテルがすごい

南アフリカ共和国(以下南ア)の宿泊施設の素晴らしさを知っているだろうか。

広い室内、大きいベッド、のりの効いたシーツ、消毒液の残り香がする清潔なバスルームなど、文句のつけどころがない。朝食も素晴らしい。焼きたてのパンやパイ、しぼりたてのジュース、現地で作られたソーセージやハムなど、美味で豊かな食事が、ビュッフェ形式で用意されることが多い。

そして、すべてが、大きくゆったりとしている。室内のベッドだけでなく、ソファやテーブルセットなど、調度品にせせこましさがない。また、廊下や天井、席と席の間隔など、あらゆる「間」が広く大きく構えられている。日本の3倍を超える国土面積に、日本の8分の1以下の人口密度しかない南アフリカには、人間が暮らすスペースが潤沢にある。

南アでは、どの地域を訪ねても、質の高い宿泊施設にめぐりあえることができる。2010年のサッカーワールドカップ開催前に、南ア全域に展開するワールドカップ開催スタジアムを全て巡ってみたことがある。大都市はもちろんのこと、郊外や農村部など人気の少ない地域でも、もれなく素晴らしい宿を見つけることができた。今回、同国で開かれたアフリカ最大の観光見本市INDABAの視察に伴って滞在した郊外のホテルも、やはり気持ちのいい宿だった。

なだらかな丘陵と切り立った山並みが混在するドラケンスバーグ地方では、周囲にドラケンスバーグ山脈を臨むホテルに滞在した。居心地のいい室内からだけでなく、スパ専用の建屋や、プールサイドのバーなど、敷地内のどこにいても見事な景観を楽しむことができる。

ムクゼ動物保護区にほど近いホテルでは、6ヘクタール(つきなみな例えではあるが、東京ドームの約1.2倍)の敷地に、平屋建ての部屋が51室展開。青々とした芝生が広がる中庭の先には、湖畔に泊まるボートが見える。まさに、絵はがきのような風景だ。

いずれもそれぞれの地域を代表するトップクラスの宿泊施設だが、日本と比べれば料金はだんぜん安い。両ホテルとも、1南アフリカランドあたり7.5円として計算すると、2名1室での1泊1室あたりの料金は13000円程度から。「お一人様あたり」で言えば7500円で、これだけの景観と設備の整ったホテルに泊まることができる。スイートルームに泊まらずとも、この料金でスイート感覚が味わえるのは、南アならではだろう。

しがないフリーランスの私は、今回のような高級ホテルに泊まることは、まずない。しかし、シンプルな安宿であっても、私が南アで泊まった宿はどこも清潔で居心地のいいところばかりだった。極めて安価なバックパック向けゲストハウスからトップエンドまで、南アの宿はどこもすばらしい。

さらに、設備や環境の素晴らしさだけでなく、「人が近い」ことが、南アの宿を印象深いものにしている。平身低頭かしずかれるようなことはなく、無愛想にあごであしらわれることもない。従業員のひとりひとりに、あっけらかんとした陽気さがある。そんな南アの宿の良さを、今回も改めて感じた。

ムクゼのホテル従業員は、気さくな方ばかりだった。早朝、芝生のメンテナンスをしていた初老の男性は、私に気付くと仕事の手を止め、「ようこそ、ようこそ」と言って目を細めた。屈強な体格のフロントの男性は、私のもとに歩み寄って「あんた、昨日はよく寝られたかい?」と声をかけ、よく眠れたと答えると満足そうにうなずきながら、持ち場に戻っていった。ここに働く誰もが、ごく自然に、いつもこちら側を向いてくれていた。

インド洋に面したダーバンの高級ホテルでは、最年長のポーターさんとあいさつを交わす仲となった。このホテルを去る際、私の荷物を運び終えた彼は、「今度ダーバンに来たときは、家に来るといい」と言い残し、チップも受け取らずにどこかへ行ってしまった。社交辞令でこのような言葉をかけられることはない。彼は本心から、私を招いてくれていたのだ。

ドラケンスバーグのホテルでは、夜にバーで独り飲んでいると、隣の席に座る男性から声かけられた。

「で、どうです? ドラケンスバーグは」

ここでの滞在の感想をひとしきり話終えると、「次は子どもたちも連れてこないとね」と言われた。なぜ私に子どもがいることを知っているのかと聞くと、家族連れで滞在する際の費用や施設について、昼間に私が質問をしたからだと彼は言う。

彼は、このホテルで働く従業員だった。私たちがここに到着した際、ホテルの設備紹介がなされたときに、私は彼にそんな質問していたのだった。私は彼の顔を忘れてしまっていたが、彼は私の顔も、私の質問もしっかりと覚えてくれていた。

その夜彼とは、南ア各地の地域性や魅力、アフリカ各地でのできごと、お互いの家族のこと、互いの奥さんとの出会いなどを、しばし語りあった。酔いがまわった頃には、私たちは客と従業員の関係ではなく、「友」となっていた。

宿の魅力はやはり、人の心があってこそ。美しい景観と整然とした設備に加え、アフリカならではの人懐っこさがいつも共存していることが、南アの宿を特徴づけていると私は思う。

アフリカは初めてという方でも、南アの宿は過ごしやすいかと。新婚旅行にも、かなりオススメだ。

 

(初出:岩崎有一「南アフリカの超高級ホテルがすごい」アサヒカメラ.net 朝日新聞出版/公開年月日は本稿最上部に記載/筆者本人にて加筆修正して本サイトに転載)