北アフリカ「タジン」料理の知られざる奥深さ

私が自宅で、しばしば再現するアフリカ料理がある。「タジン」だ。

タジンは料理名として知られているが、本来は、アラビア語で鍋を意味する言葉だ。サンタの帽子のような円錐形のふたがついた土鍋で、肉や野菜を煮込んだ料理全般を指す。タジンが食されているのは、モロッコやチュニジア、アルジェリアなど、北アフリカ諸国。現地では極めてポピュラーな料理であり、食事処でメニューにタジンないことは、まずない。私がモロッコと西サハラを訪ねた際には、ほぼ毎日のようにタジンを食べていた。

メインとなる具材は、鶏肉または牛肉、羊肉が一般的なところだが、モロッコのアガディールから西サハラのラユーンにかけての大西洋沿いではイワシのタジンが、サハラではラクダのタジンもよく食べられている。牛ひき肉を団子状にしたタジンもある。日本でいう「鍋」のようなもので、庶民料理とも郷土料理とも、場合によっては高級料理ともいえる。

具材も味付けも実にさまざまなタジンだが、これまでに食べてきた中で、ハズレだと感じたものはない。質素でも独特でも高級でも、タジンのうまさには安定感がある。

食堂でタジンを食べる。(ラバト・モロッコ 2001/Rabat,Morocco 2001)

タジンを自宅で作るたびに、水の少ない土地でこそ生まれた料理だと感心している。ほんの半カップ弱しか水を加えていないのに、ふたを開ければ、野菜から出たたっぷりの水分が、具材をふっくらと煮込んでいる。玉ねぎとなんらかの肉さえあれば、水をほとんど使わずしてできるため、乾いたサハラに実にふさわしい料理といえる。

食事処でタジンを注文して食べる際には、一人用の鍋で出されることもあれば、大鍋で炊いたものから一人分を皿に移して供されることもある。ただ、できれば、タジンは複数人で食べたい料理だ。

私がモロッコから西サハラにかけて訪ね歩いた際には、食堂でタジンを食べている最中のグループや家族から、輪に加わるよう声をかけてもらったことが何度もあった。日本でも、北アフリカでも、やっぱり鍋は皆でつついたほうがおいしく感じるものだ。

家族や友人など、仲間どうしでタジンを食べる時は、大鍋で作ったタジンをゴザの真ん中に置き、鍋を囲むように車座に座る。ちぎり分けられたパンが銘々に配られ、あとは黙々と、パンをスプーンがわりに、食器は使わずに手で直接食べる。肉や野菜の質感を指先から感じられるため、手で食べるとなお一層おいしい。

大鍋を皆で囲んで食べるため、ある程度早いもの勝ちなのだが、そこにはマナーがある。食べるのが遅い人の前に肉がなくなれば、誰かがそっと肉片を置く。その場の主人が「この肉はここが一番おいしい」と思う部位を、まず客人に差し出す。周囲より早いペースで食べれば、余った具材がその人の前に集められる。「同じ釜の飯を食った仲」という言葉があるように、いったん同じタジンを囲んだ人々とは深い仲になったような気持ちになるから、不思議なものだ。

2003年のこと。私はモロッコのタルファヤを目指して長距離バスに揺られていた。首都のラバトからは1000キロを超える長旅だ。バスは時折、食堂で休憩を取りながら進んでいった。食堂ではいつも、同じバスに乗る家族連れや友人グループから声をかけられ、タジンを囲む輪に加わらせてもらっていた。そのおかげで、最終目的地に着く頃には、車内の全員と大きな家族になったような気持ちになることができた。

その帰り道、ならば私もと、食堂でタジンを注文し、通りかかる人々に声をかけてみることにした。

「どうぞご一緒に」と薦めてみるも、ニッコリとありがとうと言われるばかりで、誰も立ち止まってくれない。それでも、何度も、食事のたびに声をかけ続けてみた。

何度目かの休憩で、私のタジンに加わってくれた男性がいた。その男性は、数口食べただけで、「ありがとう」と言って手を止めてしまった。男性はすぐに、説明をしてくれた。

「あなたが注文したタジンは、どうかあなたが食べてください。私たちから見れば、あなたは遠くから(わざわざ)来てくれた大切なお客さんです。そのお客さんが食べているものを、私たちが食べてしまうことはできませんから」

バスの往路と復路では乗客の顔ぶれは違うものの、私がいただいたありがたいおもてなしを、私もおもてなしで返したかった。しかし、再びおもてなしの心で返されてしまったのだった。

どこで食べてもおいしかったタジンを、私はときどき、日本でも作って食べている。

食材の選び方だけでなく、スパイスの種類や調理方法まで含めると、タジンの作り方は無数にあるが、我が家でよく作る鶏肉のタジンは、こんな感じで作っている。この味は、モロッコの南西部の町タルファヤで食べたタジンを思い出しながら、再現したものだ。

鶏肉はできれば骨つきのものを用意し、塩こしょうとニンニクのすりおろし、ジンジャーパウダー(ショウガのすりおろしでも可) を揉み込んでおく。できれば、2時間程度はこの状態で熟成させておきたい。玉ねぎはくし切りに、ジャガイモとニンジンは少し大きめに、適当なかたちに切っておく。インゲンはスジを取っておく。玉ねぎの量は、肉1に対し0.7程度。そのほかの野菜は、お好みの分量で。

鍋も、とんがり帽子のタジン鍋がなくても問題ない。土鍋やダッチオーブンなど、鍋に厚みがありふたがしっかりしたもならば、なんでもOK。鍋底にオリーブオイルをまわし入れて火にかけ、準備しておいた鶏肉の表面に焼き目をつける。焼き目が着いたら、いったん取り出しておく。

鍋底に余ったオリーブオイルにクミンシードとコリアンダーシードを入れて、弱火で油に香りを移し、刻んだ玉ねぎを加えてごく軽く炒める。油をまわした玉ねぎに鶏肉を加え、鍋底で平たくなるようにならし、その上にそのほかの野菜を並べる。放射状に並べると、美しい。

ターメリックとオリーブオイルを全体にうっすらとまわしがけ、半カップ弱の水を加え、弱火でゆっくりと火を通す。鶏肉がほろほろになるまで煮込み、塩加減を調整すれば完成だ。鍋の形状や大きさにもよるが、1~2時間でできあがる。

うまみがしみ出たスープにパンを浸しながら食べたいため、米ではなく、パンを用意したい。現地では円盤状に焼かれたパンとともにタジンを食すが、日本でこのパンを探すのは難しい。なので、バゲットや食パンで代用する。

昨年末、友人夫婦を招き、自宅でタジンを囲んだ。

肉の一番おいしそうなところを、まず友人に振る舞う。パンが足りなくなれば、黙って差し出す。ゴザの上ではなくテーブルで、手づかみではなくフォークとナイフで食べたタジンだが、タジンを囲む雰囲気は、モロッコや西サハラでの体験を再現できたかなと思っている。

味もさることながら、もてなし方も含めて、いつかモロッコや西サハラの人に、私のタジンの評価を聞いてみたい。

最上部写真キャプション:ダッチオーブンを使い、自宅でタジンを調理中。タジン鍋がなくてもおいしくできあがる。

(初出:岩崎有一「北アフリカ「タジン」料理の知られざる奥深さ」アサヒカメラ.net 朝日新聞出版/公開年月日は本稿最上部に記載/筆者本人にて加筆修正して本サイトに転載)