運転は快適でも、心が曇る理由とは
南アでの移動手段は、レンタカーに限る。なぜなら、極めて快適な条件が整っているからだ。
まず、道がいい。きれいに舗装された道路が国中に張り巡らされている。他のアフリカ諸国であれば、舗装が痛んで陥没した「ポットホール(pot hole)」と呼ばれる穴が頻出するためになかなかスピードを上げにくいが、南アの道にポットホールは少なく、安心して一定のスピードで走行し続けられる。
州をまたいで伸びる有料のハイウエーは、片側2車線以上あり、路肩にも十分な広さが設けられている。異なる走行速度の車が混在しても、ストレスは少ない。料金所にはETCシステムが設置されており、(そもそも料金所で混み合うほどの走行量ではないものの)支払いの手間もかからない。
幹線道路沿いには、24時間営業のガソリンスタンドが展開。ファストフード店やコンビニも併設されていることが多く、小休止するにも事欠かない。支払いはクレジットカードでOK。差し出されたカードマシンに自らカードを差し込み、暗証番号を入力するため、スキミングの不安も無用だ。
外国人にとっても、南アで自動車を運転することは容易だ。
主要な国際空港にはレンタカー会社のオフィスが複数常設されている。到着ロビーに見える「レンタカー」の掲示板に沿って進めば、レンタカー会社の看板がずらりと並ぶ光景が見えてくる。
手続きは、日本でのそれとほとんど変わらない。パスポートと、日本の免許証 と国際免許証、クレジットカード提示し、借りる期間や補償の範囲など契約内容を確認後、傷やヘコミといった車両の状態をチェックすれば完了だ。空港に併設されたレンタカー専用の駐車場には、鏡を合わせたように、レンタカー車両が延々とどこまでも並んでおり、レンタカーが一般的な移動手段の一つであることがうかがい知れる。用意されている車種もさまざま。日本、韓国、ドイツ製の、小型車から大型高級車まで、整備の行き届いた車が準備されている。
また、南アは日本と同じく車両は左側通行で、しかも自動車の多くは右ハンドルのため、日本人にとっては運転しやすい。ぼうっとしていて思わず反対車線を走ってしまうといった懸念を抱くこともない。
そして、料金が、とんでもなく安い。
例えば1週間借りる場合、基本的な補償を含む24時間当たりの費用は、約150南アランド(約1300円)からスタート。トヨタ・カローラやフォルクスワーゲン・ポロのようなクラスでも、ほぼこの値段で借りることができる。今回私は、インターネットで事前に車両の予約をしていたのだが、あまりの安さに、私が何か勘違いしているのではないかと、不安にさえなったほどだ。
アフリカの他国にも、もちろんレンタカーサービスはあるが、南アのレンタカー費用の安さは傑出している。比較的似通ったインフラを持つ隣国のナミビアやボツワナでも、ここまで安くはない。その理由のひとつとして、南アのレンタカー会社では、ある程度の走行距離に達した車両は、早め早めに他のアフリカ諸国へ販売する仕組みがあるとあちこちで聞いた。中古車として販売する際にも値崩れしにくいことから、この料金なのかもしれないが、それにしても、ため息の出る安さだ。
そしてスマートフォンの存在が、レンタカーの快適さを助長している。
私は今回、SIMフリーのスマートフォンに南アで購入したSIMを挿し、グーグルマップを使いながら移動をしていた。南アのヨハネスブルグや首都プレトリア、ケープタウンといった大都市では、自動車専用道路が日本の首都高のように複雑にうねって張り巡らされている。急カーブと複雑な分岐が高頻度で続くため、スムーズに走行するためには、ある程度の地名を覚え、かつ方向感覚を養っておく必要があった。しかし今では、スマホの案内に任せっきりにできる。グーグルマップには事故渋滞や通勤渋滞も反映され、その迂回(うかい)路まで随時提示してくれるため、道を覚えた後でも、スマホによる案内は常に表示させていた。
ほぼすべてのレンタカーに、USBポートは完備。スマホに入れた音楽だって聞くことができる。道よし、車よし、値段よし。右ハンドルもナビも音楽も、日本と同じもの。南アでの自動車の移動は、使い勝手がいい。
快適な環境が整っている上に、乗り物の運転が好きな私だが、満面の笑みでハンドルを握っていたかというと、実はそうでもない。運転は楽しいのだが、どうしても、気持ちが晴れ切らない。
道路の分岐点で、荷物を持った人たちが集まって手を上げている。草原をまっすぐに伸びる一本道を歩きながら、時々後ろを振り返りながら親指を立てる人がいる。ヒッチハイクをする人たちだ。
南アでは、主要な街と街は大型バスや乗り合いバスが結んでいるが、中規模以下の街や、短中距離間を行き来する場合には、流しの乗り合いタクシーが使われている。乗り合いタクシーだけでなく一般車両も、同乗を求めて道路脇に立って待つ人々を乗せることは少なくない。一般道だけでなく高速道路でも、ヒッチハイクする人の乗り降りは、頻繁に見られる。
南アではこれまで、レンタカーを借りる際にも、現地で出会った人々からも、車を持たない人々からも、「知らない人を乗せないように」「道端で誰かが歩み寄ってきても、相手にしないように」と言われてきた。ヒッチハイクや民芸品の販売を装い、金品や自動車を強奪する事件に遭遇してしまうことを懸念しての、アドバイスだった。
車外から物品は極力目に触れないように保管し、借りる車両も南アではごく一般的なものを選んだが、相対的に金持ちと思われても仕方がないアジア人であることは隠しようがない。しかも、私は1人で乗車。何かが起こってしまっても、なされるがままとなるしかない。私はヒッチハイクをする姿を見かけても、常に通り過ぎるようにしていた。
私の気持ちが晴れなかったのは、そのような人的被害に会うことを心配していたからではなく、南アの治安面に不安を持ち続けていたからでもない。5人乗りの自動車を1人で運転しているにも関わらず、その空いているスペースを欲している人々を、ヒッチハイクする人々を無視し続けることが、私の心を常に曇らせていたのだ。
ヨーロッパと変わらぬ風景が続き、どこまでも整ったインフラが行き届いた南アだが、それでもアフリカだ。アフリカ諸国のあちこちで痛感してきた、困った人がいれば助け合うのが当然という習わしが、南ア社会でも深部において共有されていることは、現地の人々と接すればすぐに感じることができる。
同じ場所に居合わせた人どうしで飲み物や食べ物を分け合ったり、見知らぬ人の手を引いて目的地まで歩みを一つにしたり、助け合いの心は、南アでもごく当たり前に存在している。私もできる限り、その習わしに従ってきたつもりだ。しかし、南アでの運転時では、そうはできずにいる。
あと4人乗車できるスペースがあることが誰の目にも明らかなのにも関わらず、こちらに向けて手をあげる人々を黙って通り過ぎるたびに、大好きなアフリカにいながら、アフリカの流儀を無視しているような気持ちになり、そのたびに気持ちが濃く曇った。それでも結局、「私には、こうするしかできないのです」と心の中で呟くしかなかった。
再び南アを訪ねれば、私はまた、状況に応じてレンタカーを使うだろう。ただ、安価に得られる利便性と同時に、心に広がる曇り空も必ず付いてくることを、その都度私は覚悟しなければならない。
(初出:岩崎有一「運転は快適でも、心が曇る理由とは」アサヒカメラ.net 朝日新聞出版/公開年月日は本稿最上部に記載/筆者本人にて加筆修正して本サイトに転載)